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【逆説の日本史】第二次満蒙独立運動の「主役」に躍り出た武闘派の内モンゴル人

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 その5」をお届けする(第1428回)。

 * * *
 民主的な共和国(君主のいない国)に「進化」したはずの中華民国が、こともあろうに帝国(皇帝の支配する国)に戻ると宣言した。しかも、その宣言は「民主国家」の大総統であった袁世凱によってなされた。一九一五年(大正4)末のことだ。前にも述べたように、当時日本は大隈内閣だったが、このとき日本人がこの事態をどのように考えたか、おわかりだろう。それは、「やっぱり中国人はダメだ」「自力で近代化する能力は無い」だったろう。

 日本の歴史学界は思想や宗教を無視して歴史の解析を進めているので、こうした心情が歴史を動かすことにも考えがおよばない。たとえば、現代の日本人が「空気のようにあたり前」だと思っている「人間は皆平等」という「思想」も、人類の長い歴史のなかでは「ここ二百年」のあいだにようやく確立された思想で、その成立には欠かせない条件がある。その最大のものが「平等化推進体(人間皆平等であることを定着させる存在)」である。

 これについては何度も説明したので再説しないが、中国つまり儒教文明にはそれが存在しない。だから、選ばれし優れた人間が他の愚かな民を統治するのが正しい、という考え方をどうしても捨てられない。それは現在も続いていて、中国共産党の一党独裁が続いているのも、それが理由だ。

 香港人や台湾人はこうした中国本土の政治風土に反撥しているが、それは香港も台湾も外国の植民地支配を受けた結果「民主マインド」が注入された結果であって、ほとんどの中国人はいまだに民主主義(=万民平等)など信じていない。信じていれば中国共産党の独裁に対してもっと「反乱」が起こるはずだが、そうなってはいない。

 この時代も事情は同じで、たしかに民主主義を信奉する孫文や宋教仁などのリーダーはいたが、いずれも袁世凱に屈した。それは民衆が最終的に袁世凱を支持した、ということだ。だからこそ、袁世凱は皇帝になれると考えたのだ。袁世凱の心情を代弁すれば、「対華二十一箇条」を要求してくるような傲慢な日本と対決するためには、帝政のような強力な独裁体制を敷かなければならない、であったろう。

 少なくとも「日本との対決」については中国民衆もそのとおりだと考え、袁世凱を支持した。皮肉なことに、大隈内閣の実施した強硬な要求は袁世凱の権力を強化する結果を招いたのだ。そこで自信をつけた袁世凱は、まさに調子に乗って皇帝になろうとした。さすがに、この「時計の針を逆に回す愚行」は多くの中国人の反撥を招いたが、それでも支持する民衆がいたことを見逃してはならない。

 あたり前のことだが、「まったく実現不可能」と誰もが考えることなら、奸智に長けた袁世凱が実行に移すはずがないではないか。袁世凱は、ひょっとしたら「日本と戦っている英雄である自分がナポレオン・ボナパルトのように皇帝となってなにが悪い」と思っていたかもしれない。多くの人が忘れているが、「共和国を成立させたリーダーが自ら皇帝に即位し国家を帝国に変える」という前例は存在したのである。

 ただ、袁世凱のやり方はあまりにも古色蒼然としていた。人は常に新しいものを求める。実質的な皇帝制であってもなにか新しい形を取っていれば、その野望は実現したかもしれない。こう言えば、現在の中華人民共和国の習近平主席がめざしているものが見えてくるだろう。「赤い皇帝制」である。

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