また先の商社マンもその万が一、主食の「リスクヘッジ」についてこう話す。過度にコスパ(コストパフォーマンス)を高めるのは危険とも。
「家庭の経済事情はそれぞれでしょうが、コスパはリスクと紙一重ですよ。ただでさえ食料自給率の低い国で、米も不作ならこうもなりますし不安はわかります。ですから、これからは食料に対するリスクヘッジも大切です。そもそも、日本がなんでも安く当たり前のように食べられていることが奇跡なんですよ」
筆者はロジスティクスも含めた世界食料争奪戦の現場などを取り上げてきたが、近年、この国は円安と買い負け、金にならない日本に船が寄ってもらえない抜港やコンテナ不足などに苦しんできた。日本の食料自給率はカロリーベースで47%、生産額ベースでも61%、飼料自給率に至っては27%(農林水産省、2023年度)と多くは他国に依存している。それも現場がなんとかしてきただけで限界が迫りつつある。そして現場軽視が拍車をかける。激安であれば誰がどうなろうと、どうでもいいと。
「現場の苦労とその自然の恵みを思えば、激安で当たり前なんて思えないはずです。デフレマインドによって『価格の知覚』のおかしな消費者が増えてしまった」
「価格の知覚」とは消費者心理とその判断基準を語る際に使われる言葉だが、米に限らず「もやし一袋1円」「こんにゃく250グラム30円」などの「激安」によって行動経済学で言うところの「参照点」(多くの消費者の期待する価格、値ごろ感)がバグって久しいことは確かなように思う。
それでも「すぐに元に戻るよ」と悲観的な北関東の米農家(兼業)の声もあった。
「この国の構造的な問題だから、このまま米の価格が高いままというのは長期的にはないと思う。結局元通りの激安にされる。そういう仕組みで国も根本的にはそれを変えようとしない。米農家ばかりが消費者に食い散らかされて消えるだけだ。馬鹿だね、急いで買ってる連中はさ」
2024年上半期の米農家倒産および休業、廃業は34件に及んだ。いずれその激安も含め、この国の米の大半が生産者の消滅により外国産米に変わるかもしれない。大げさでなく、このままでは2040年には主食用の国産米に限れば国内供給が物理的に不足するという試算も出ている(全米販・2024年)。
ともあれ今回の一部地域での米不足、買い急ぎやデマに限ればそれこそ混乱を招くだけ、コロナ禍のトイレットペーパーやアルコール消毒液の買い占めや買い急ぎは記憶に新しいが、すぐに解消され、結局どうということはなかったはずだ。決して結果論でなく、一部の人心と邪まな転売ヤーが招いた一時的なことでしかなかった。
とにかく冷静に、デマや陰謀論に惑わされないことが本当に大切だ。買うときも必要な量だけ、精米した米を大量に溜め込んでも風味や食感がどんどん悪くなるばかりでいいことなんかない。
米はある、ただ極端に安い米がないだけ――これを期に、私たち消費者の考え方のアップデートも大事なように思う。
日野百草(ひの・ひゃくそう)/日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。