どんな言葉なら相手に思いが伝わるかという労力を厭い、言葉を必要としないコミュニケーションにかまけていったら、人間どうなるか。「落語的なオチですよね(笑)」。本作は、一種の教訓話でもある。
「この小説を書くうえで常に意識していたのは、チャップリンの映画です。セリフがない、というサイレント映画の演出から学んだことも入り込んでいますし、チャップリンって主人公を取り巻く状況は悲惨でも、笑えるわけです。この作品も、悲劇のピークと喜劇的な状況が重なるラストにしたいと思ったんです」
オチは当初から思い付いていたというが、実際に書いてみると、想像とは異なる感触が残ったという。その感触は、本作の読後感とぴったり同じだ。
「僕は、今の自分が抱えている不安なこととか、イヤだなとか怖いなと感じることに対する処方箋として小説を書くんです。書くにあたってたくさん調べて、物語化することで理解して、それを人に伝えようとすることでテーマが深まる。そして、書き終わる頃には自分なりの処方箋ができている。今回であれば、自分もみんなも言葉を信じられなくなっていることへの絶望が出発点だったんですが、書き終えた時に思ったんですよ。それでも僕は言葉を信じよう、と」
【プロフィール】
川村元気(かわむら・げんき)/1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』『怪物』などの映画を製作。2011年には史上最年少で「藤本賞」を受賞。2012年に発表した初小説『世界から猫が消えたなら』がベストセラーに。著書は他に『億男』『四月になれば彼女は』『神曲』など。2022年、自身の小説を原作として、脚本・監督を務めた映画『百花』が公開。同作で第70回サン・セバスティアン国際映画祭「最優秀監督賞」を受賞。
構成/吉田大助
※週刊ポスト2024年10月4日号