もちろん、あらためて繰り返すまでも無いが「ハルハ河戦争」を「ノモンハン事件」と呼んでもそれは当時の軍部の姿勢を支持したのでは無いのと同様に、「大東亜戦争」という言葉を使ったからと言って、それは軍部の姿勢を支持したわけでは無い。あたり前の話だ。だが、言霊の影響が強く深層心理に残っていて、しかもそれを自覚していない一部の歴史学者はいまだに「大東亜戦争と言わずにアジア・太平洋戦争というのが人間として正しい態度だ」と思い込んでいる。滑稽というかむしろ哀れな話だが、もちろんこういうことは近代史だけの話では無い。
そのあたりは、最近上梓した『真・日本の歴史』(幻冬舎刊)に詳述したので、興味のある方は、いや本音を言えばすべての日本人に読んでいただきたいと思う。なぜなら、いまでも多くの日本人が「歴史学者にダマされている」からだ。これは誇張では無い。
私はこの『逆説の日本史』シリーズを三十年以上にわたって書き続けてきた。歴史というものはきわめて巨大な研究対象であるがゆえに、それをマクロに見るのとミクロに見るのとで違うし、それぞれの研究に意義がある。たとえば、生物という巨大な研究対象に対し、温暖化などの地球環境が生物の生態系全体に与える影響などマクロの視点からの研究もあれば、遺伝子レベルのミクロの視点からの研究もある。両者相まって生物学と言うべきであって、当然ながらこの世界にはミクロの研究こそ主流であってマクロは意味が無い、などと言う人間は一人もいない。いや、あらゆる分野でそんなバカなことを言う研究者は一人もいないはずである。
ところが、日本の歴史学界にだけはそれを言う人間がいる。じつは、日本の歴史学者は例外無く狭い分野の専門家だ。これはシステム上の問題でもあり、そもそも「日本通史学」という日本史全体を研究するマクロな視点の分野が学界には存在しない。ならばそれを研究している、私のような「歴史家」(歴史学者では無い!)の見解を尊重すべきだと思うのだが、『逆説の日本史』シリーズの愛読者のみなさんはよくご存じのように、彼らは私の研究の価値を認めるどころか罵倒し笑殺しようとしている。
そこで私も堪忍袋の緒を切って彼ら歴史学者の日本史の見方がいかに独善的で偏ったものか、まさに「天下に問う」ことにした。それが『真・日本の歴史』である。この『逆説の日本史』シリーズの愛読者にとっては「あたり前」のことかもしれないが、それが日本人全体の「あたり前」にならない限り、日本の進歩は止まってしまう。そこで私は、『真・日本の歴史』を上梓した。ぜひ、ご支援いただきたいと考えている。
さて本題に戻ると、結局大隈内閣は「対華二十一箇条」要求については中国人民の強い反感を招いてしまい、モンゴル問題では少なからずのモンゴル人を敵に回してしまった。「こんな内閣じゃダメだ」という世論が高まったことはおわかりだろう。では、次の首相はどんな人物がいいか?
そこで選ばれたのが、寺内正毅陸軍大将だった。
(第1431回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2024年10月4日号