「選考委員は、『歴史のトラウマと向き合い、人間の命のもろさを浮き彫りにしている』と評していました。
彼女は、光州事件を題材にした『少年が来る』(クオン)や、済州島四・三事件【*注】をモチーフとした『別れを告げない』(白水社)など、国内で封印されてきた歴史的な事件を土台に、抑圧された市井の人々の犠牲や心の傷を描いてきました。
世界を見渡せば、いまも同じような悲劇が繰り返されています。ハン・ガンさんの作品に、国や時代を超えた“普遍性”が見出された。そこが受賞理由の1つではないかと感じています」(古川さん・以下同)
【*注/「光州事件」は、1980年に韓国の光州広域市で起こった、軍事政権に抵抗し民主化を求める市民を軍が虐殺した事件。「済州島四・三事件」は、1948年、米軍占領下にある南朝鮮の単独選挙反対を掲げた済州島の青年らが蜂起し、3万人近くの島民が虐殺された事件】
歴史的背景のない著作も含め、ハン・ガン作品は「傷ついた人の内面の苦しみ」に主眼を置いているのが特徴だという。
「昨今“自己責任”という言葉が使われがちですが、彼女の文章には、そう突き放すのではなく、苦しむ人を理解しようとする繊細な感受性がある。そして、個人的な問題の背景には常に社会全体の問題が潜んでいて、『人はひとりでは生きられない。誰もが自分事なんだ』と言われているような気になります」