買収問題は選挙戦で風向きが変わった!?
しかし、この日本製鉄の発表の直後から、それに猛然と反対の声を上げたのが全米鉄鋼労働組合(USW)だった。彼らはUSスチールの生産現場で実際に働く労働者の立場から、日本製鉄による買収で「自分たちの雇用が守られなくなる可能性がある」といった懸念を表明。そして2024年1月、そのUSWの意見に賛意を示し、「自分も日本製鉄によるUSスチールの買収には反対だ」とブチ上げたのが、すでに大統領選挙に向けて各種の運動を始めていた、共和党のドナルド・トランプだったのだ。
なお、この日本製鉄によるUSスチールの買収話に関して、日米双方の多くの経済の専門家たちは、「USスチールにとって決して悪い話ではなく、経営統合によるシナジー効果もあるだろう」という見方を示してきた。一方でトランプがこの件に関して言及してきた内容を調べてみると、彼はほぼ「アメリカを代表する大企業(USスチール)が、外国の企業(日本製鉄)に乗っ取られることを阻止すべきだ」といったようなことしか語っておらず、細かな経済的影響などについてのことは、あまり念頭にあったようにも見えない。しかし、逆に“それがゆえ”とでも言うべきなのか、このUSスチール買収話に関する“トランプ節”は、アメリカの市民たちの素朴なナショナリズムに火をつけたような面が確かにあったようだ。選挙戦における、トランプ陣営の追い風にもなったのではと指摘されてもいる。
一方の民主党陣営では、「バイデンもまた、USスチールの買収に懸念を抱いているのではないか」といった報道が出回り始めたのが昨年の夏ごろの話。善しも悪しくもバイデンはトランプより、この問題に関しては一歩引いていた。しかし彼はまさに大統領退任の寸前、USスチール問題でいわばトランプと歩調を合わせたのである。
すでに述べたように、この日本製鉄によるUSスチールの買収話は、いわゆる専門家筋からは問題視されたことがあまりない案件だ。よって民主党サイドとしてはここで“理性派”の立場を取り、「USスチール問題でトランプは無知をさらして暴走している」といった批判を展開する選択肢もあったと思う。しかしどうも、今のアメリカ政界の状況が、それを許さなくなっているようなのだ。