2018年から日本郵政グループを取材してきた西日本新聞の宮崎記者。調査報道大賞の優秀賞などを受賞
過剰なノルマ、詐欺まがいの営業、常態化するパワハラ、政治との癒着──。郵政民営化から17年。巨大組織の実態にせまるノンフィクション『ブラック郵便局』(新潮社)を読むと、身近な郵便局の景色が一変する。そして「郵政民営化とは何だったのか」と考え込まずにはいられない。著者の西日本新聞・宮崎拓朗記者は、6年をかけて苦悩する局員たちの声に耳を傾け、いびつな組織の内情を炙り出した。たびたび報じられてきた保険営業の問題や、郵便物や荷物の「放棄・隠匿事案」の裏には何があるのか。全国「2万4000局」を頑なに維持しようとする組織構造と、そのために生じている矛盾や弊害、選挙活動に熱心な「局長会」という闇まで。刊行にあたり、宮崎記者に話を伺った。
月20万円もの保険料 被害者の多くは高齢女性
──宮崎さんは2018年に、はがきのノルマが過剰なため、郵便局員たちが自腹で購入し、金券ショップなどで売っているという実態を西日本新聞で記事にされています。郵便局の取材を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
宮崎:会社の窓口に、情報提供のメールが来たことです。最初はそこまで関心を持たなかったのですが、上司から調べてみたらどうかと言われて取材を始めました。記事を書くと、その後、全国から、内部告発が続々と届くようになったんです。主に日本郵政グループで働く社員の方からなのですが、信じられないような内容ばかりで……。不正な保険営業が行われているとか、内部通報しても会社ぐるみでもみ消されるとか、上司のパワハラを苦に同僚が命を絶ったとか。実際に会って話を聞くと、とんでもないことが起きていることがわかり、これは伝えなければと思いました。自分自身としても、その先に何があるのか、背景を知りたいという気持ちがありました。
──さきほど「はがき」のノルマの話をしましたが、「かんぽ生命保険」の営業を担当する郵便局員たちのノルマも過酷で、不正や詐欺まがいの営業が起きていた。被害者の多くが高齢女性で、月20万円の保険料を払わされていた女性もいると書かれています。一方、ノルマが達成できない局員は、上司のパワハラなどに苦しめられて心身を壊していく。親しみやすい郵便局のイメージとは真逆の、文字通りブラックな環境に唖然とします。
宮崎:現場は数字至上主義になっていたようで、「相手はカネだと思え。下手な同情はいらない」と先輩に言われたという人もいました。部下をつるし上げるような酷いパワハラを本にも書きましたが、郵便局で働く一人ひとりは本来、ごく普通の人だと思うんです。地域の役に立ちたいという志で働いている方にもたくさん出会いました。ですが、人間、追い詰められると易きに流れたり、堕落することはある。あるいは風土や環境に染まってしまう。郵便局で働く人が特殊だから起きていることではないと思いました。
一方、30万人超が働く巨大組織の「特殊さ」も確かにあります。2007年に民営化した後、「2万4000局」という郵便局の数はほぼ変わっていません。民営化後、郵便物は半分近くに減り、多くの郵便局は赤字だと言われています。郵便局の窓口業務を維持する費用は毎年約1兆円で、このうち約7割は保険と銀行業務の収益で賄っています。つまり、全国の郵便局を守るために、無理をしてでも収益を上げ、コストカットしなければならない構造的問題があるのです。