フィリピンの指示役ら。左から今村磨人、渡辺優樹、藤田聖也の各被告(共同通信社)
カウントダウン形式で殴打した
そしてAさんの死に直結するバールでの殴打行為については、永田被告が「自分が野村に命じた」と認めながら、野村被告の殴打回数が「自分の想像を超えていた」ことを証言した。
「すぐそばにいた野村に対し『バール持ってこい』と言い、『やれ』と言いました。野村は6回から8回、暴行を加えました。私の指示のもとにやったと認識していますが、私は『やれ』それのみしか言っていません。
我々犯罪者的には『やれ』と言ったらゆっくりやる。1回を想定していました。残りの5回から7回は野村の意志のもとでやったと認識しています。ほんと正直言うと、自分の想像を超えてました」(永田被告の証言)
野村被告は、永田被告が想定していた以上に Aさんを殴打したが、リーダーとしての面子から、永田被告はこれを止めることができなかったという。
「私はこのとき現場のリーダーでした。想定を超えた行動に対して、ちょっとやりすぎ……と言うと、リーダーの構図が崩れる。上の立場であることを示すため、優位に立つじゃないけど、動揺するのではなく肯定しました。じゃないと指示を聞かなくなる。『おーやるやん』と、気持ちと裏腹のことを言いました」(同前)
こうして永田被告の指示のもと、殴打行為は続けられた。
「一連の暴行している際、Aさんは『なんでこんなことするの』『お父さん助けて』という……そういった発言されてた記憶があります。それでもAさんは金のありかを吐かないので、カウントダウン形式でいこう、となり、3、2、1、で野村が殴打することを3回から4回続けました」(同前)
広域強盗において家人に暴力を振るうのは、金のありかを聞き出すためだといわれる。命を奪うことは、その目的と合致しないはずだが、野村被告の暴行はエスカレートし、永田被告も現場を統率するため、止めずに進めた。しかしそれでもAさんが金の場所を明かさないため、永田被告は“この人が本当にターゲットなのか”という疑念を持ち、指示役に尋ねる。「写真送ってください」とテレグラム通話で命じられた永田被告がAさんの写真を送ると「あちゃー、人違いですね。どう見てもおばあちゃんじゃないですか」と言われたという。
その後、しばらく現金を捜索するが見つからず、腕時計3本のほか、野村被告が見つけたトレカを持って撤収した。再突入の機会を窺う最中、野村被告はトレカを積んだ突撃車に乗って、姿を消したという。
「電話を複数回かけると野村が出て、『金ないのにリスク大きい。職質されたからやめたい』と言われました。せめて車は置いといてくれと伝えました」(同前)