人生の4つの柱のうち、1つが舞台『Mother ~特攻の母 鳥濱トメ物語~』だと語った(撮影/山口京和)
40歳を過ぎた頃から「社会貢献」が頭をよぎった
――本業ではない芝居が4本柱の1本なわけですね。
ワッキー 偽善ぶってるわけじゃないんですけど、今、僕は52歳で、40歳を過ぎたあたりかな、そろそろ社会貢献をしなきゃと思うようになったんです。お笑い芸人として、ある程度、いろいろなことをやらせてもらいましたから。海外ロケもたくさん行ったし、国内も47都道府県全部回ったし。多少ですけど、お金を稼げた時期もある。まだ目標とかはありますけど、人生、もういいんじゃないのって思えたんですよ。最低限のことは達成できたというか。そうしたら、このまま何の社会貢献もしないまま死んでいいの? って思えてきて。その頃、『Mother』の主役である鳥濱トメ役をやっていた大林素子さんに声をかけてもらって、初めて出演したんです。そのとき、これは社会貢献になるって、バチンと来た。これを続けていくことが僕の使命だ、と。
――今回は役者だけでなく、プロデューサー業も担っていたんですよね。芝居のプロデューサーというのは具体的にどんな仕事なのですか。
ワッキー プロデューサーはもう1人いて、お金まわりのことは主にその方がやってくれたので、僕は広報的な役割がメインでした。企業の朝礼で話をさせてもらったり、学校に行って生徒の前で話をさせてもらったり。10分ぐらいかな。