認知症の症状が深まっても、2人で旅行に出かけた
〈妻の物忘れが進行しても道に迷うことのないよう、いつも同じ道を歩くように気を付けていた。ところが、道どころか狭い家の中で突然迷子になった。ある時は、本を逆さまに持って読もうとした。洋服の着方がわからなくなった。私は事態の進展に困惑し、為す術がなかった。本書は、そんな私の右往左往の様を綴ったものである〉──これは句集『大花野』のあとがきに記された作者・小山正見さん(77)の言葉だ。
小山さんは名前の知られた俳人ではないが、同句集は重版を重ね、多くの人に読まれている。小山さんは妻の発症に戸惑い、未来を悲観し自暴自棄になったこともあるという。そんな日常を偽りなく17文字に託した作品たちは、同じような経験を持つ人たちの心を動かす。同書にはそんな力がある。前編に続いて『大花野』に掲載された句を紹介しながら、その時の状況を小山さんに語ってもらった。【前後編の後編。前編から読む】。
小山さんの妻、邦子さん(77)は、12年前に若年性のアルツハイマーを発症した。若いころからしっかり者の邦子さんだったが、病気の進行にともない、日常生活にも支障が出るようになった。
認知症の症状が出はじめたちょうど同じころに始めた『街の台所』の活動。月に1回、地域のお年寄りに集まってもらい、食事会を開催する。いい出したのは邦子さんで、計画立案も彼女だ。
しかし、認知症の症状は日に日に深まってくる。
【梅雨明けて私にできることは何】
これまでのように、自分でなにもかもやりたいのに、うまくこなせない。幸い、邦子さんの症状を理解して手伝ってくれる人もおり、食事会は計画通り回を重ねた。だけど、「できない自分」にくよくよすることが増える妻の姿を見るにつけ、小山さんのなかにやるせない気持ちが積もっていくのだった。