少し前のことを覚えていられなくても、身体は丈夫な邦子さん
「邦子の認知症は、幸い進行が緩やかでした。せめて今くらいの状態でいてほしい。そう願っていたのですが、やはり症状の悪化は止まってくれませんでした」(小山さん。以下同)
認知症にはいくつかの種類がある。大きくはアルツハイマー病、脳血管性認知症、そしてレビー小体病だ。これらの病気が発症し、それが原因となって生活に支障が出てきた状態を認知症と呼ぶ。それぞれに特徴的な症状があり、治療やケアの方法が違う。
少し前のことを覚えておくことができなくなり、自分のいる場所や、日時が曖昧になってくる。邦子さんは典型的なアルツハイマー病だった。しかし、やがて別の病気も併発することになる。
【家中に蟲身体中に蟲蝉時雨】
レビー小体病は、幻聴や幻視、身体の硬直などが特徴だ。
「ある日、壁に虫がいるといい出した。でも、実際にはそんなものはいません。妙なことを言うものだと始めはあまり気にしていなかったのですが、やがて体中に蟲がいると訴えるようになった」
典型的なレビー小体病の症状である。この病気は、パーキンソン病と似た性質を持っている。身体の動きが不自由になり、立ったまま突然動けなくなることもある。邦子さんにもそうした症状が現れる。
「いわゆる徘徊というのですかね、ひとりで出かけて、帰れなくなることも増えました。それだけなら探しに行けばいいのだけど、レビー小体病は、身体のバランスが悪くなったりもするので、転んでケガなんかしたら大変です。
本当はやりたくなかったけど、玄関は常に施錠して、さらにチェーンをかけるようにしました。そうしておくと、自分ではチェーンを外すことができないんです」
【幾重にも鍵をかけたる良夜かな】
「一度、うっかりしてチェーンを忘れた夜がありました。夜中に目が覚めると隣にいない。良夜(りょうや)は秋の季語です。美しい月が映える秋の夜に邦子がいなくなった。