細身の体から鋭いスイングで本塁打を量産した宇野。1984年には本塁打王を獲得した(産経新聞社)
マウンド上の星野は闘志こそ衰えていなかったが、明らかに疲れが見え始めていた。そのベテランにジャイアンツはなりふりかまわず、左の代打攻勢を仕掛ける。
柳田真宏選手にゲーリー・トマソン選手。星野は得点圏にランナーを背負ったものの何とか持ちこたえ、ツーアウトにこぎつけた。
残るは最後の左の代打、山本功児選手だけだ。
一球入魂。ドラファンの祈りがこもったボールには力があった。差し込まれた山本はフライを打ち上げ、「ああー」という仕草で力なくファーストへ走り出す。
この後は誰もが知る展開だ。テレビで何十回と再放送されたので、野球ファンは微に入り細を穿っていろいろ知っている。そして、みな大好物なシーンを持っている。
スリーアウト・チェンジを確信して悠然とベンチに帰りかけた星野がびっくりして足を止める瞬間か。ヘディングした宇野が「痛っ」と頭を押さえるシーンか。それとも怒髪衝天の星野が、グラウンドにグラブを叩きつけるシーンか。
ちなみに私は、宇野の額を経て外野フェンス近くまで転がったボールを慌てて追いかける大島康徳選手の背中が大好きだ。ゴツい背中が異様に小さく見えた。もしあのシーンを漫画で描いたら、大島の背中からは大量の沫汗が飛び散っていたはずだ。大島はホームラン王も獲得した強打者で、まあまあイカツイ感じもあったが、あれから印象が変わった。
それにしても宇野がヘディングしたボールは、どうしてあんなに弾んだのだろうか。
宇野のおでこの弾性力か。少なくとも回避行動はとらなかったのだろう。勢いを殺すことなくしっかりはじき返したボールは外野の奥まで転がり、打った山本はあわやランニングホームランだった。
巨人はこの回の得点で「159試合連続」に記録を伸ばすのだが、試合自体は星野が1失点で完投勝利。さすがは燃える男。それでも、後楽園球場に来ていたジャイアンツファンはきっと、「野球の神様」を見たに違いない。試合には負けたが、酒はうまかったはずだ。
宇野様のおかげである。