名古屋人の「真ん中」意識の源流は信長、秀吉、家康の「三英傑」だ(写真:イメージマート)
「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ米大統領の関税政策で世界経済が大混乱になるなか、新書『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』が話題の富坂聰氏(拓殖大学海外事情研究所教授)は、「名古屋人の名古屋ファーストにはトランプなんていらない」と喝破する。富坂氏が綴るシリーズ第16回は、ドラゴンズファンに浸透する「名古屋(中京)ファースト文化」を様々な視点から取り上げる。(シリーズ第16回。第1回から読む)
* * *
東京では地元の訛りを悟られまいとする名古屋人も、決して地元愛が弱いわけではない。
むしろ強い。
名古屋人は何に対してかは曖昧だが、ちょっとしたコンプレックスと大きな自信を心に同居させている。
この世の中に八丁味噌を嫌いな人間がいるとは、基本的に信じていない。照れ隠しで「嫌い」と言っていると思っている。たとえ目の前で誰かが「名古屋の、なんでも味噌みたいなのが苦手」とはっきり宣言されても、「分かってないなぁ。でも、そのうち好きになるよ」と受け止めるだけだ。
こんな「名古屋(中京)ファースト精神」があるから、中京圏で人気者といっても、よその地域から来た選手には、ちょっとつらい面もあったはずだ。
ドナルド・トランプは「アメリカ・ファースト」のスローガンを掲げて2度も大統領選に勝利したが、名古屋人はわざわざ「名古屋ファースト」などとは言わない。理由は簡単、「当たり前だから」だ。
私も少年時代は日本で一番面白いコメディアンはつボイノリオだと信じていたし、日本全国の人々が笑いながら「金太の大冒険」を大合唱していると信じて疑わなかった。
ドラゴンズに絡んだ名古屋ファースト問題で忘れられないのが、少年時代の「A君『ゴメンナサイ』事件」だ。
名古屋(広域)に暮らしていた少年たちは、たいてい地元のブロック紙『中日新聞』に親しんで育つ。『中日新聞』の影響力は計り知れないほど大きく、私も子供の頃は、それ以外の新聞を読んだ記憶がほとんどない。
『中日新聞』を取っている家の子供の特典の一つに、中日(ナゴヤ)球場外野席の「タダ券」があった。
夏休みが近づくと、少年たちはそのタダ券を使って応援に行く約束をするのだが、そんなとき、クラスメートで私の親友のA君が泣きそうな声で「うちは『中日新聞』じゃない……」と告白したのだ。
なんという悲劇。
他の友人たちはA君を取り囲んで「えーっ、何で?」「父ちゃんに頼んで、変えてもらえてー」と口々に勝手なことを言ったのだが、その流れで誰かが「なんで『中日新聞』取らんのだてー」と質した。
すると地元の秀才、A君は、「だって、お父さんが『日本で一番大きな新聞は朝日新聞だ』って言ったんだてー」と。
「……」
友人たちは一瞬、ちょっと気圧されたようだったが、すぐに立ち直り「嘘だてー」「日本で一番おっきい新聞は『中日新聞』だてー」とエビデンスも示さないまま大合唱。老成していたA君は、金の沈黙を守った。