岸田文雄首相が爆発物を投げ付けられたテロ事件から1年が経ったが、和歌山県警の調べに黙秘を貫いた木村隆二被告の犯行動機は今も不明のままだ。殺人未遂罪での公判前整理手続き開始のメドも立っていない。事件前年の7月には安倍晋三元首相に対するテロ事件もあり、警察庁は国政選挙での要人警護強化に取り組んでいるが、警察ジャーナリストの宇佐美蓮氏は「今国会会期末での解散総選挙もささやかれる中、警察中堅幹部からは強化は遅々として進んでいないとの声も聞かれる」と言う。この1年、警察内部ではどんな動きがあったのか。宇佐美氏が警察関係者の証言を交えて解説する。
* * *
「全国の警察本部に警護専門の『警衛警護室』を20カ所ほど新たに創設した」──。キャリア官僚の警察幹部はそう胸を張る。2件の重大テロ以前は、47都道府県警には警視庁の警護課などを除き、首相その他の要人の安全を守る警護専門の部署がなかったからだ。
警察組織では「○○部」の下に置かれた「○○課」などのセクションを所属と呼び、課に準じる部署は「○○室」と命名される。警察庁は3月、テロを踏まえて山形、三重、愛媛、大分など各地の警察本部に指示し、警衛警護室を20カ所近く新設させたことを明かした。室長は例外もあるが所属長の末席にある課長級ポストだ。
一方で第一線の現場の警察官からは異論を唱える声も聞かれる。あるノンキャリアの警察OBは「呼び名を変えて、ハコ(部や所属)を創らせることを『改革』とか呼んで自画自賛するのが東大出のお偉いさんの伝統芸」と揶揄した上でこう言う。
「古くは防犯部を『より一層国民生活に密着したイメージにするため』として生活安全部に名称変更させたり、暴力団の活動が停滞していることから警察庁暴力団対策部を組織犯罪対策部に変えて全国警察に『受け皿(ハコ)を創れ』と命じてみたり。付き合わされる方は大変だと(現職の)後輩連中からは不満が漏れてますよ」