日本ではあまり馴染みがないが、観光客と地元住民、二通りの価格設定をするサービスや飲食店は世界各地に存在する。豊洲市場での高額な海鮮丼など、訪日外国人観光客に人気のメニューが日本人や国内在住者と二通りの価格、二重価格を設定していることが最近、話題になっている。観光という非日常と、普通に生活する日常を両立させるための知恵としての二重価格は、飲食店以外にも広がるのだろうか。ライターの小川裕夫氏が、鉄道やバスにおける訪日外国人観光客対策から、その可能性を探った。
* * *
鉄道各社は新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言発令、その後の行動制限によって仕事もレジャーも出かける人が少なくなったため危機に陥ったが、徐々に回復した。特に2023年5月、コロナが感染症として5類に移行してからは業績をV字回復させている。2023年度は各社ともに客足がコロナ前までの水準に戻り、今年度は業績をさらに伸ばすとの予測も出ている。そうした鉄道各社のV字回復に大きく寄与しているのが、訪日外国人観光客の増加だ。
訪日外国人も利用しやすいタッチ決済
全国の鉄道事業者にとってコロナ禍によって負ったダメージはあまりに大きかった。大ヒット商品によって売れ行きが急増する、というような業種でもないため、時間をかけて回復してゆくしかないと捉えていたはずだ。そんななか、再び増え始めた訪日外国人観光客は干天の慈雨ともいえる現象だろう。さらに1ドル160円という円安も手伝って、訪日外国人観光客が増加する勢いは止まりそうにない。そうした社会的状況を受け、鉄道各社は急増する訪日外国人観光客を取り込む施策を強化させている。
「弊社は世田谷線を除く全線で、5月15日からクレジットカードのタッチ決済に対応した乗車サービスの実証実験を開始します。この実証実験は時代の変化に対応した新しい移動需要の創出、クレジット・デビット・プリペイドなどのタッチ決済に対応したカード類もしくはスマートフォンで事前に乗車券を購入することなく訪日外国人を含む来街者も利用しやすい鉄道の実現の3点を目的にしています」と説明するのは、東急電鉄広報マーケティング部広報CS課の担当者だ。
国内人口は減少傾向が鮮明になり、当面は回復の見込みが立たない。人口減少は鉄道会社の経営を脅かすが、特に鉄道事業者を悩ませているのが高齢者の割合が増えていることだ。通勤・通学といった手堅い需要は鉄道会社の経営を安定化させる。通勤・通学需要の減少する中、鉄道事業者が新たな鉱脈として着目したのが訪日外国人観光客だった。彼らの多くは長期滞在で国内を周遊するため、地方都市の観光関連産業、もちろん鉄道・バス事業者にも経済的な恩恵が波及するからだ。