ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 その10」をお届けする(第1433回)。
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日本人はロシア革命についてどんな感想を持ったか? この問いに正確に答えるには、当時の日本人の気持ちを知ることがもっとも重要であることは、言うまでも無い。しかし言うまでも無いことなのだが、これまでの歴史教育ではそれが無視されていたことは、この『逆説の日本史』シリーズの愛読者はよくご存じだろう。
気持ち、つまり心情というのはその人種や民族の宗教に由来することがきわめて多い。つまり、そうした宗教を正確に把握しなければ当時の人々の気持ちなどわかるはずも無いのに、日本の歴史学者の多くは相変わらず宗教を無視することが科学的合理的な態度だと思っているからどうしようもない。だから、彼らによって築き上げられてしまった「日本人は無宗教」などという大誤解をいまだに信じている人々が大勢いるというわけだ。
では、このロシア革命成立直後の時点で日本人の宗教はなんだったかと言えば、ひと口に言えば天皇信仰だろう。明治維新で四民平等(士農工商の撤廃)という「大革命」が成立したのも、この宗教がなければ不可能だった。しかし、日本は「怨霊のパワー」がしばしば「天皇の霊威」を上回る国であり、だから日露戦争の勝利の成果(=満洲利権の獲得)は、そのために犠牲となった「十万の英霊」の死を無駄にしないためにも絶対に守らなければいけないということだ。
もちろん、日本人は根強い言霊信仰のために縁起の悪いことは口にしないし書かない(=史料に残らない)からわかりにくいが、要するに「十万の英霊」の死を無駄にするようなことをすれば英霊が怨霊になってしまい、その凄まじい負のパワーで天皇の霊威で守られている大日本帝国すら滅ぼしてしまうかもしれない。だからこそ中国や英米との協調を唱える人間は、(英霊の死を無駄にする存在だから)政治家であれ軍人であれジャーナリストであれ「極悪人」にされてしまったのである。
ロシア共産党は、ニコライ2世一家を皆殺しにした。それは前回述べたとおり、ロシア共産党側から見れば革命を完全なものにするためにやむを得ない仕儀であった。しかしそれは、天皇を信仰する日本人から見れば極悪人の所業である。
たしかにニコライ2世は名君では無かった。グリゴリー・ラスプーチンという「怪僧」を側近として重用したし、そのラスプーチンですら反対した第一次大戦へ参戦し、多くのロシア兵を死に追いやった。しかし一方で、ロシア皇帝(ツァーリ)とはロシア正教と固く結びついた長い伝統を持つ聖なる存在だ。そんな存在をロシア共産党は一家皆殺しにしたのである。
ここで、ちょっと袁世凱のことを思い出していただきたい。なぜロシア革命の分析中に袁世凱の話が出てくるのかと思われるかもしれないが、それが当時の人々の気持ちになって考える、ということである。歴史学者の場合はロシア史が専門の人間と中国史が専門の人間は違うので認識が難しいが、当時の一般の日本人にとってみれば袁世凱もニコライ2世も同じ地球という空間に同時に生きていた人間だ。その袁世凱を日本人はどう思っていたか?