「陰謀論こそが真実である」
斎藤支持者の中には、トランプ支持者や極端な考えに染まっている人たちもいた。宍粟市に住む松並美陽 (はるよ・62)は、4年前にトランプが大統領選選挙に落選して以来、トランプを応援している。
「陰謀論というのはただのレッテル貼りで、ちゃんと調べていくと、陰謀論こそが真実であることが分かります。トランプを4年間見てきたので、今回の斎藤さんの一連の出来事が起こった時も、すぐにつながりました。正しいのは斎藤さんなんだ、って。トランプがディープステイト(闇の政府)と戦っていたのと同様に、斎藤さんも既得権益側と戦って潰されかかったんです」
明石市に住み、ネットショップを運営している田村恵子(65)は、マスコミのことを躊躇なく「マスゴミ」と呼ぶ。
「文書問題なんて、マスゴミが勝手に捏造しただけなんです。そんな事実は一切ない。元県民局長が亡くなった理由についても、斎藤さんのせいだって、最初はマスゴミに騙されていたんです。それが分かってからテレビのコンセントを抜きました。新聞は取っていません。毎日、ネットで情報を収集しています」
そんな田村は、日米政府がディープステイトの攻撃を受けていると信じている。田村の言うディープステイトとは、アメリカならワシントンDCにいる民主党の小児性愛者。日本なら自民党や公明党となる、と言う。しかし、あまりに投稿が過激すぎたため、Xのアカウントが一度凍結されている。
良識派と考えられる高齢者も斎藤支持に回った側面も見逃せない。名谷駅前の演説に、2本の杖をついてやってきた神戸市在住の白木原靖生(87)は、斎藤以前の井戸県政の驕りに強い不満を抱いてきた。
「3年前、須磨駅に演説に来た斎藤さんに、『公用車のセンチュリーを廃止してくれ』って言ったら、その場で、二つ返事で快諾してくれたんです。知事になったら、それを本当に実行してくれた。以来、一貫して斎藤さんを応援しています」
相生市に住む会社経営者の福田勉(80)は、兵庫県にある報徳学園にゆかり がある江戸時代後期の農政家である二宮金次郎(尊徳)になぞらえ、「斎藤さんは令和の二宮金次郎だ」と語る。
「金次郎は、故郷の小田原藩主に農政改革の手腕を見込まれ、下野国の桜町(現在の栃木県真岡市)の財政を立て直すために派遣されるんです。けれど、金次郎に抵抗する地元の藩士にさんざん邪魔されました。それでも金次郎は約10年かけて、財政を立て直し、地元の人々に大いに感謝されるんです。その姿は、兵庫の財政を立て直そうとしたために、足を引っ張られることになった斎藤さんとそっくりです。金次郎が最後には、地元の村民に支持されたように、今回も斎藤さんが勝利するでしょう」
こうした様々な人たちが支持した結果が、今回、斎藤元彦に勝利をもたらした。斎藤現象の背景には、多様な人たちのそれぞれの思いがひしめいていた。
(了。第1回から読む)
【プロフィール】
横田増生(よこた・ますお)/1965年福岡県生まれ。ジャーナリスト。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て、アメリカ・アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号を取得。帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスとして活躍。2020年に『潜入ルポamazon帝国』で第19回新潮ドキュメント賞。2022年に『「トランプ信者」潜入一年』で第9回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞。近著に『潜入取材、全手法』(角川新書)。
写真/筆者撮影