採取した精子は、女性側の体内で卵子を育てて排卵前に取り出し、その卵子に精子を直接注入する顕微授精(ICSI)を行う。成長した受精卵(胚)を子宮に戻して着床すれば、妊娠できる可能性がある。ただ、その過程には投薬や注射による採卵準備、採卵のための手術、そして培養させた胚の子宮内への移植と、少なくとも数カ月にわたり、物理的・精神的な負担がともなう。それでも、夫婦は一縷の望みをかけ、治療に臨んだ。
「妻は毎日、数種類もの薬を飲んで、自分自身で注射を打たなきゃいけない。薬の副作用もあったと思うのですが、急に泣き出したり、悲しんだり苦しんだりと、メンタルが不安定になる時期もありました。彼女は本来なら問題なく自然妊娠できるのに、相手が僕だったばっかりに、痛くてしんどい思いをして……。申し訳なくて、とにかく妻に謝っていました」
背中をさすり、ほとんどの家事も行ったが、できることは「妻の側にいることくらいだった」と、仁科さんは振り返る。それでも妻は「あなたも手術、頑張っていたし」と、治療を続けてくれたという。
卵子が育つと、全身麻酔による採卵手術が行われた。注射で卵子を育てる過程で卵巣が腫れてしまい、痛みを感じたというが、採卵と顕微授精の結果、3つの受精卵を作ることができた。そのうち1つを子宮内に移植し、夫婦はすがる思いで着床を祈った。そして約1週間後、医師から告げられたのは、待望の「妊娠」だった。