しかし、こののち原は普通選挙には反対の立場を取り、一九二〇年(大正10)の第十四回衆議院総選挙では「普通選挙法の是非を問う」という姿勢を打ち出した。原の率いる与党政友会が「普選反対」、野党が「普選賛成」を広く訴えた。日本で初めての、争点を明示した衆議院選挙だったと言われる。この総選挙に政友会は圧勝した。選挙権を持っている人間が、広く選挙権を拡大することで特権を失うことを恐れたからだと言われる。
この戦略を立てたのは原で、その意味では大成功と言えるのだが、原はこれで民衆の人気を失ってしまった。おわかりだろう、「庶民派なのに、なぜ普通選挙に反対するのか!」という反発を食らったのだ。大衆に迎合することが大好きな新聞も、このときさんざん原を叩いて普通選挙を実現しようとしたのだが、結果は大失敗に終わった。当然、新聞は原に対して批判的になる。
原の真意はまだ日本の民度は普通選挙法に耐えられるほど高まっていない、ということだったようだ。もちろんそれは私の推測で、そんなことを原が述べたという史料は無い(政治家としてはそういうことを口にできないし、書けもしない)が、原の一生を通じて見ると非常に慎重な姿勢が目立つ。いわば、漸進的に物事を改革していくというのは原の基本姿勢で、このときもそうだったのではないかと考えられるわけだ。
そしてもう一つ。原が庶民の人気を失ったのは、シベリア出兵への対応だった。原は慎重な政治家であるがゆえに、英米協調論者であった。そして英米協調論者であるがゆえに、アメリカの意向を尊重し軍の過大な要求には応じなかった。だがそれは、「バイカル博士の夢」の実現を望んでいる庶民にとっては裏切りということになる。
(第1445回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『真・日本の歴史』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2025年2月14・21日号