働きながら治療を続けている智子さん(本人提供)
残ったのは家のローンと、高額な治療費への不安
早くに胃がんで母親を亡くしている智子さんは、生命保険にも加入していたし、病棟勤務時代は年収も600万円ほどあり、貯金もしていた。
「夫とは家庭内別居状態だったし、母が亡くなる前から父とは距離があって。家族関係は希薄でした。友達もちょうど子どもが生まれたばかりで、本当に頼れる人がいなくて。『お金もかかります』って説明されたから、私が死んでも誰も困らないなって思っちゃいました。10年先に医学が進歩しても、そこまでお金だって続かない。治療しなくてもいいとも思ったくらいです」
明るく話してくれる智子さんだが、当時の気持ちを想像すると、本当はどれだけつらかっただろう。頼りたいはずの夫は、もう自分を一番大切には思っていない、そんなときの乳がん告知。しかも治療をすれば完治できる、という安心させてくれる言葉が医師から出てくることはなかった。
最近の治療の発達によって確かに、がんは「治らない病」ではなくなったが、新薬も治療もどんどん高額になってきている。高額療養費制度を使っても、安くない自己負担金が必要だ。69歳以下で日本の平均年収・460万円(国税庁「令和5年分民間給与実態統計調査」調べ)の場合、ひと月の一世帯あたりの上限額は、現在8万100円となっている。しかも、治療期間が長期にわたることも珍しくない。
「乳がんがわかり、家庭内別居とはいえ、夫にも話しました。でも『そうなんだ』という感じで。その後、離婚して夫は家を出ました。結局私に残ったのは、1人で払い続けなければならなくなった家のローンと、これから続く高額な治療費への不安だけ。よくテレビとか映画で見る夫や家族が支えてくれるなんて、私の場合、全然違いました。
ローンは毎月9万近く、2人で働いて半分だったから何とかなっていたのに。当時、私だけの収入だと、確か病院の窓口での支払いは(高額療養費制度が適用された)限度額で8万ちょっと。4回目からは安くなりました。でも収入とか、仕事で保険証が変わったりすれば、また最初から8万を3回目まで支払うことになって、仕組みも複雑です。社保から国保にならざる得ない状況になる患者さんも多いから。病気にならないとわからなかったことばかりでした」
智子さんのように医療従事者として働いていても、病院のソーシャルワーカーでもない限り、お金の事情を詳しく知っている人は、果たしてどれだけいるだろうか。
頼れる人は誰もいなかった智子さんは、必死で働きながら治療を続けていく。