様々な事情で、健康な家族に闘病を支えてもらえるとは限らない(写真提供/イメージマート)
「安い公営住宅などに引っ越せばいいのでは」と思う人もいるだろう。ところが自治体によって違いはあるが、例えば東京都の場合、家賃を抑えることのできる都営住宅に、単身者が入居する資格要件は限定的だ。障害者手帳を持つなどの障害者の認定を得ているか、生活保護受給者や海外からの引揚者、単身DV被害者、もしくは60歳以上でなければならない。智子さんのような働き盛りと世間では言われる年代で発病し、誰も頼ることのできない人たちは、働きながらの治療に、いったいいつまで持ちこたえられるのだろうか。
「お金の心配をしなくてもいい、頼りになる家族がいる人が正直うらやましいです。でも病気になり、看護師の自分が患者になって、つらいことばかりなのに、お金が本当に何よりも大変だという現実を痛いほど知ることができました。確かに今は医療の進歩で延命もできると希望も持てるようになったかもしれない。でも、それは高額な新薬や治療でエンドレスに続くかもしれない経済的な苦痛も伴うようになったことも、どうか知ってほしいんです」
自分がお金に困っていることなど誰だって言いたくないはずだ。でもゴールの見えない治療によって、どれだけ患者が追い詰められていくのかを知ってもらいたいと、智子さんは「だいたいの金額ですが……」と、これまでの収入やローンの金額まで教えてくれた。
数年前、20代でマレーシア人と結婚し、マレーシア国籍を取得した日本の知人が、智子さんと同じ乳がんになってしまった。でも彼女は「早く見つけてもらえたの。私はマレーシア人になったから、国立病院へ通院しての抗がん剤治療は、日本円で一回千円程度だったかな。だから安心して治療できたよ、日本は高いよね」そう話していたことが頭をよぎる。もっとも、そのマレーシアも私立病院ではアメリカ並みの金額を覚悟しないとならないようだが、高度医療に誰もがアクセスしやすい仕組みがある。
国としての経済力が衰え、少子高齢化、災害、医療費、他にも数えきれないほどの問題を抱えている日本。でも智子さんも真理さんも、そして今この瞬間、病気と闘っている多くの患者さんたちも、これまで真面目に働き、税金を払い、普通に暮らし一生懸命に生きてきた人たちだ。ただ運悪く、現在の医学では完治が難しい病気になってしまい、それでも希望を持ち続け、生きるために働きながら治療を続けている。それはいつ誰にでも起こりうることではないだろうか。
そして、それは肉体的、精神的な闘いだけではなく、長く続く「お金との闘い」でもある。生まれてから死ぬまで、結局お金に恵まれた人生でなければ、もう生きられない。経済的な理由を抜きにして治療はできない時代になっているのか。今回の報道などで、はじめて「高額療養費制度」を知った人もきっといるだろう。これからも一人でも多くの人が、この問題を考えるきっかけになることを切に願っている。
●取材・文/服部直美(はっとり・なおみ)/香港中文大学で広東語を学んだ後、現地の旅行会社に就職。4年間の香港生活を経て帰国。ブルネイにも在住経験があり、世界の食文化、社会問題、外国人労働者などを取材。著書に『世界のお弁当: 心をつなぐ味レシピ55』ほか。