作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』
ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』をお届けする(第1448回)。
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前回、それまで大正時代の尼港事件を扱っていたはずなのに、「突然」現代の「フジテレビ問題」に「飛んだ」という印象を持った人はいないだろうか? この『逆説の日本史』では以前にも現代の時事問題を扱ったことは何度かあるが、それはすべてそのときに分析していた過去の事象に関連があったからだ。
何度も言うが、「歴史はつながっている」。この「つながり」こそが歴史の本質である。にもかかわらず学校の歴史授業でそれがわからないのは、その教育をプランニングしたのが各時代の狭い分野の専門家に過ぎない歴史学者だからである。
そして逆に言えば、「歴史はつながり」であるということをじつに明確に示してくれるのが、いままさに取り扱っている題材なのである。
具体的に箇条書きにしてみよう。
1. 現代の日本人は、なぜ「尼港事件」のことをよく知らないのか?
2. なぜ、フジサンケイグループの日枝久代表は、あれだけ強固な地位を築けたのか?
この二つの疑問には、因果関係つまり「原因」と「結果」の関係があると言ったら、あなたは驚くだろうか。それとも、なんとなく理解できるだろうか。ヒントになる歴史的事実は、すでに何度も述べている。
日本の教育も報道も、昔から「歪みっぱなし」であった。いわゆる戦前は、日本の軍国主義的行動を教育も報道もサポートしていた。では戦後はどうかと言えば、平和推進と言えば聞こえはよいが、とくに共産圏を「平和勢力」として実態を覆い隠すことが教育や報道によって行なわれていた。方向性は違うとは言え、どちらも歪んでいることには変わりない。
わかりやすい事例が『朝日新聞』だろう。戦前の朝日は、日本の満洲国建国に最大の貢献をした報道機関であった。ところが、戦後は手のひらを返すようにソビエト社会主義共和国連邦、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国など、実際は共産党の一党独裁で多くの人民を苦しめていた(いまも苦しめている)国家を「地上の楽園」や「労働者の天国」のように報道し、日本人の冷静な判断を常に狂わせていた。典型的なのは、北朝鮮による日本人拉致に関する報道であろう。
いま、北朝鮮がかつて日本人を拉致していたということを否定する日本人は一人もいないはずである。なぜなら、それが事実だと北朝鮮の金正日国防委員長(当時)が認めたからだが、それ以前の日本はどういう状態だったか? 若い人にはぜひ知っておいて欲しいのだが、簡単に言えば「北朝鮮は拉致をしているに違いない」と言えば、「オマエは右翼でデタラメを言って北朝鮮を貶めようとしている!」と非難されたのだ。
私は当時記者として報道機関のなかにいたから、当時の「空気」を実感している。いや、たとえ報道機関の内部にいなくても、現在四十歳以上の人間なら覚えているはずである。