ところで、マスコミの一部では「日枝天皇」などと呼んでいるが、彼が築いた絶対的な権力はちょうど院政期に上皇あるいは法皇が持っていた権力と類似しているので、私は彼を「法皇」と呼ぶ。フジテレビが子会社としてフジ・メディア・ホールディングスに属し、その上部団体がフジサンケイグループ(日枝久代表)という位置づけだが、じつはこのフジサンケイグループは株式会社でも無ければ社団法人でも無い。
平安時代後期、本来ならば法律上はなんの権力も持たないはずの上皇あるいは法皇が、院という法律に規定された太政官のような組織では無い「隠居の事務所」からカリスマ的権力をふるっていたのと同じ形だから、私は彼のフジ・メディア・ホールディングスあるいはフジテレビへの支配を「日枝院政」と呼ぶわけだ。
それゆえ、フジサンケイグループの代表を辞めさせるというのは法律的には非常に難しい。株式会社ならば株主総会や取締役会でさまざまなことができるが、実体の無い「院」では、そもそも超法規的な存在だから代表を辞めさせることはできない。しかし逆にカリスマ権力、もっと具体的に言えば「日枝久代表への恐怖」で成り立っている権力の座であるから、人々が勇気さえ出せば話は簡単だ。
たとえばフジサンケイグループをまとめる正式な株式会社等を新たに設立し、現在のグループに所属している会社はすべて取締役会の決議によって新しい上部団体に所属する、とすればいい。そうしただけで「砂上の楼閣」は崩壊し、代表者は「裸の王様」になる。つまりは「やる気」の問題だ。
ちなみに、もし産経新聞が存在しなかったら拉致問題はどのようになっていただろうか? 脱北者がいかに北朝鮮の仕業だと力説しても、すべてのマスコミがそれを無視すれば北朝鮮の悪行は決して暴かれなかっただろう。じつは、そうなってしまった国家がある。韓国だ。
現在、多くの韓国人は「日本より北朝鮮のほうが好きだ」と言う。北朝鮮は、いまこの瞬間にも大勢の朝鮮民族(韓国人にとっては同胞)を圧政によって苦しめ、少なからず餓死させている。一方、日本は通貨スワップ協定などによってたびたび韓国の破産を救っているし、戦後、朝鮮民族を餓死させたことなど一度も無い。にもかかわらず、韓国人は日本より北朝鮮に好感を持っている。
左翼勢力が教育と報道を支配し、国民を洗脳しているからだ。両者がタッグを組んでの組織的な洗脳はそれほど恐ろしいのである。日本も危うく韓国と同じ運命をたどるところだったが、少なくとも報道の面では二〇〇二年九月十七日以降、状況は劇的に変わり事態は改善の方向に向かった。しかし、まだまだ旧態依然なのが教育、それも歴史教育の分野である。
さて、ここで冒頭に述べた二つの疑問をもう一度見ていただきたい。二番目の疑問についてはすでに答えた。問題は、最初の疑問「現代の日本人は、なぜ『尼港事件』のことをよく知らないのか?」だが、もう答えはおわかりだろう。「共産圏の国家の悪は暴きたくない」というインチキ歴史学者どもの学説が、ちょうど二〇〇二年九月十七日以前の日本の「報道」のように、多くの日本人を惑わせているからなのである。
(第1449回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『真・日本の歴史』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2025年3月28日・4月4日号