こうした「空気」の時代の一九八〇年(昭和55)一月七日、『サンケイ(当時はこう表記した)新聞』が、朝刊一面トップにおいて日本で初めて「日本人が外国に拉致されている可能性が高い」と報じたのである。
当時、日本海沿岸の複数の都市で日本人の「アベック蒸発事件」が頻発していた。「アベック」というのはいまで言う「カップル」のことだが、このうち一件で加害者側が犯行に失敗し、拘束具で拘束されていた男女が救出された。その結果、日本人カップルが組織的に拉致されていることや、拘束具の分析などにより外国の関与の可能性が高い、ということがわかったのである。
ところが、これを記事にしたのはサンケイ新聞だけで、朝日・読売・毎日「三大紙(当時)」はもとより、ほとんどのテレビ・ラジオもこの情報を報道しなかった。とくに「北朝鮮は労働者の天国である」「日本海に向かって打ち上げているのはミサイルでは無く、(平和目的の)人工衛星だ」という報道姿勢を崩さなかった朝日は、「サンケイがまたバカなことを書いている」と嘲笑していた。
私は当時ある官庁の記者クラブにいて、彼らがそうした態度を取っているのをこの目で見ている。そのうち北朝鮮から命がけで逃げてきた脱北者が「日本人を拉致しているのは北朝鮮だ」と証言したのだが、その事実も産経新聞以外は報道しなかった。それどころでは無い、度重なる情報の蓄積により一九八八年(昭和63)に参議院において梶山静六国家公安委員長(当時)が「拉致は北朝鮮の仕業」と国会答弁で認めたにもかかわらず、その事実も三大紙やテレビは無視した。これは本当の話である。
朝日、日教組、日本社会党(社会民主党の前身)の面々は絶対に、つまり事実をいくら捻じ曲げても「北朝鮮は悪」であることを認めたくなかったのだろう。
しかし、その「大ウソ」がバレる日がついにやってきた。二〇〇二年(平成14)九月十七日、当時の小泉純一郎首相が安倍晋三官房副長官とともに北朝鮮に行き、金正日国防委員長に「(部下が勝手に)拉致をしていた」と認めさせたからである。この日は日本現代マスコミ史上最大の分岐点と言ってもいいだろう。今後、日本マスコミ史を語る者はこの日付を絶対に忘却してはならない。これ以前とこれ以後では、報道状況が百八十度変わったのだから。
と言っても若い人には実感として感じられないだろうから、わかりやすい例を挙げておこうか。二〇二五年のいま、娘の横田めぐみさんを拉致された横田早紀江さんが定期的にテレビに出て「早く娘を返して!」と訴えている。若い人は早紀江さんがそのように訴えるのは当然だと思うだろう。しかし、もう一度よく私の文章を読み返して欲しい。産経新聞を除くほとんどの日本のマスコミは「北朝鮮が拉致などしているはずが無い。そんなことを主張するのは右翼の陰謀だ」という態度を取っていたのである。
つまり、早紀江さんは「大ウソつき」にされていたのだ。だから、TBSも日本テレビも彼女にそのような場は一切提供しなかった。小泉訪朝で真実が暴かれたからこそ、早紀江さんはどこのテレビ局でも訴えることができるようになったのだ。