いよいよ開幕迫るプロ野球。3年連続最下位の中日ドラゴンズは汚名返上なるか(産経新聞社)
球団史上初の「3年連続最下位」から復活を期す中日ドラゴンズ。井上一樹・新監督の采配や開幕投手・高橋宏斗選手らの活躍に注目が集まるなか、ドラゴンズを愛してやまない大学教授が異色の本を上梓した。著者の富坂聰氏(拓殖大学海外事情研究所教授)は愛知県生まれで、中日ファン歴は半世紀超。「日中問題」の研究者として知られる富坂氏が、「中日(ファン)問題」を分析した。(シリーズ第1回)
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「ラジオの音、そのままでいいですよ」
客待ちのタクシーに乗り込んで、ジャイアンツのナイター中継のボリュームを絞ろうとした運転手に声をかけた。夏の東京ではときどきあるやり取りだ。
「運転手さん、ジャイアンツファンですか?」
とりあえず訊いておく。
「いやー、そういうわけじゃないんですよ。野球が好きなんで」と、運転手。
嘘だ。
「いや、でも好きな球団はあるでしょう?」
「うーん、いまはロッテかな、オリックスも気になりますね」
これも、嘘だ。こういうケースでパ・リーグの球団の名前を出すのは、たいてい営業トークだ。しばらく話をしていると、必ずボロが出る。
「ドラゴンズって弱いですかね?」
「だって、巨人が好きだなんて言うと怒るお客さんもいるから、面倒くさいでしょ」
運転手さんはチラリとバックミラーでこちらの様子をうかがう。
「だから、弱そうなチームの名前言っておけば無難なんです」
ああ、やっぱり嘘だ。
「でも、オリックスは(2023年まで)3連覇してますから、いまは弱くないですよ」と私が言うと、「そうなんですか? パ・リーグはあんまり知らないから……」と。
野球が好きなんじゃない。ただのジャイアンツファンだ。
ちょっと意地の悪いボールを投げてみた。
「弱いチームでいいなら、ドラゴンズファンだっていいんじゃないですか?」
すると、運転手はまたもバックミラー越しに探りの目線を送ってから、
「いやー、ダメですよ、ドラゴンズは……だって、アクが強すぎるっていうか、それこそケンカになっちゃいますよ」
と言うのだった。
なるほど、どんなに薄めてみても、八丁味噌の濃ゆーい何かが残っちまうって話だな。
妙に納得して会話を打ち切った。それから車窓の夜景に目を移そうとしたとき、運転手がボソリとつぶやいた。
「でも、ドラゴンズって弱いですかね? わしらー、そんなふうに思ったことないですよ。強い、怖いチームですよ」
この瞬間、私の背中からバサッという大きな音がして、うっかり夜空に舞い上がりそうになったのだが、ぐっとこらえた。そして、頬がゆるむのを抑えつつ目的地に着くと、「運転手さん、お釣りはとっといて」とタクシーを降りたのだった。
これ、これなんだよ。ドラゴンズは強いんだよ。