1999年の中日優勝シーン。星野監督は1988年の時以来2度目の胴上げとなった(時事通信フォト)
「日中問題」を専門とする大学教授が「中日問題」を論じた異色の新書『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』では、物心ついた頃からのドラファンである富坂聰氏(拓殖大学海外事情研究所教授)が、「中日優勝に対する世間の冷ややかな視線」を嘆いている。シリーズ第9回では、どうして「強いドラゴンズ」は歓迎されないのかを分析する(シリーズ第9回。第1回から読む)。
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中日の宇野勝選手と阪神の掛布雅之選手がホームラン王のタイトルを分け合った1984年のシーズン。ただし、宇野は明らかに“掛布のオマケ”扱いだった。もちろんドラファン以外にとっての話だが。
掛布が「ホームラン王だった」と聞いて「えっ?」という反応をする野球ファンはいないだろう(だって3回も獲得している)。ところが宇野の場合だと、中日ファンを除けば逆にかなり高い確率で別の「えっ?」となる。「あの、ヘディングの人が?」と。
たしかに貫禄は少し足らんかもしれん。スラッガーの下半身ではなくスラッとしている。そこは宇野の良いところでもあるんだけど、それでも14年連続で二桁のホームランを打ち続けた選手なのに。
そして宇野は、守備もうまかった。宇野を笑うなら、そこをきちんと踏まえたうえで笑ってほしい。40代以上のドラファンが3人集まれば、必ずウーやんの話になる。そして途中には必ず「だけど宇野の守備は本当にうまかった」と話が展開していく。「あの落合監督が絶賛してたからね」と誰かが言えば、「いやいや野村監督もそんなこと言ってたよ」「阪神の吉田義男監督の意見も同じだぞ」って、どんどん盛り上がっていくのだ。
もしも宇野が巨人の選手だったら……
歴史に「if」はないが、「もし」を考えるのは自由だ。宇野がもしジャイアンツの選手だったら、と。もちろんヘディング事件のようなミスもするだろうし、生まれ持った性格も変わらないだろうけど、「ショートなのに41本塁打を記録した偉大な選手」として、スゲー部分もきっちり全国区で刻まれていたに違いない。
ウーやんの場合、星野のようにアンチ・ジャイアンツでセルフプロデュースする「欲」もなかったし、仕方ないのかもしれないが。
親会社の中日新聞にしてみれば、ヘディングだけでは新聞は売れない。
本シリーズの第5回に登場したドラファンの吉安章氏は名古屋で新聞配達をしていたことがある。そのとき、「『中スポ』の見出しは『星野怒った!』『星野吠えた』『星野、男泣き』ばかりだった」と苦笑しつつ振り返ったが、つまり野球そのものではないところにドラファンたちは反応し、新聞を買っていたのだ。
くさい言い方をすれば、巨人に立ち向かい、執念を燃やす星野の姿が好きだったのだ。