打てて走れる捕手として人気だった中尾孝義選手。西本聖投手とのトレードで巨人に移籍した(時事通信フォト)
宇野も中尾も放出する残酷さ
だが、筆者がこのたび上梓した本のタイトルは「残酷」だ。そんな生易しい「学び」ではない。
残酷といえば、そう、トレードだ。
本シリーズ第3回で西本聖投手の再生ストーリーに触れたが、そのとき、西本とトレードでジャイアンツに放出されたのは不動のキャッチャー・中尾孝義選手だった。
昔は、捕手といえば足が遅くて打率が低いのが相場だった。典型的なのがジャイアンツの山倉和博選手だ。打率も1割台と2割そこそこの間を行ったり来たり。育毛剤「エンダッタ」のCMに出てる場合じゃないぞ、と子供心に思った。
また小学生が集まって野球をやると、たいてい一番最初に決まるポジションはキャッチャーだった。つまり、ガタイだ。野球漫画も、キャッチャーの入り口が柔道選手というのは、『巨人の星』や『ドカベン』など、定番だ。でも往年の中日の名捕手・木俣達彦選手は、足は遅かったが、打率は高かった。それがドラファンの誇りでもあった。
そして、中尾は木俣どころではないドラゴンズの誇りとなった。
足が速くて、スマートで、肩が強くて、打率も高くて、チャンスに強くて、ガッツがあったんだから。ドラゴンズには珍しく女性ファンの獲得に貢献できそうなマスクで、新しい風の匂いがした。
ドラファンがいかに中尾を好きだったか。応援団がキャラクター人形をつくっちゃったほどだからね。ドラファンに熱狂的に愛されたウーやん(宇野勝選手)の「宇野人形」が等身大で応援席を練り歩いたのに続いて、「中尾人形」もまあまあグロテスクな感じで誕生した。ウーやんに勝るとも劣らぬ人気だったのだ。
それなのに、人形がスタンドを練り歩くようになって間もなく、星野仙一監督は中尾を放出してしまう。しかも宿敵ジャイアンツに。しかも電話一本で。しかも旅先からの電話で。しかも「断ったらクビだぞ」って脅して。
まあ、その後、ウーやんまでロッテに放出しちまうような球団だからね。
もちろん勝負の世界は厳しい。それはそうだけど、一言だけ叫ばせてくれ。
「おみゃーら、何してくれとんだてー」
竜の叫びだ。正直なところ、ウーやんがロッテに行ってしまったときには、本気でロッテファンになろうと考えたこともあった。
だが、結論から言えば、やはり中日ドラゴンズから完全に離れることはできなかった。