過去にも未来にもドラゴンズがあるだけなのだ
そこで思い出したのが生物学者、福岡伸一先生の著作だ。人間の細胞は2か月程度でほぼまるっと入れ替わってしまうという話だ(ざっくりとした理解で恐縮だが)。
極論すれば、2か月前の人間と現在の人間は、名前が同じでも厳密には違う人間だということだ。生物を構成する細胞が、まるっと入れ替わってるんだから。いま中日ドラゴンズで起きている新陳代謝も、まさにこれと同じなのだ。
では、中日ドラゴンズとは、何なのか?
哲学者、ブレーズ・パスカルは「自己について考える以外の時間はすべて“気晴らし”」だと言い切っている。その理屈に沿えば、ドラファンにとって中日ドラゴンズとは何かを考える時間以外はすべて“気晴らし”となる。勝敗に一喜一憂することも、気晴らしだ。「ドラゴンズとは何なのか」という究極の命題から逃げるための誤魔化しに過ぎないというわけだ。トレードに怒ることも、本質から目をそらすための“気晴らし”だ。
ん、いったい何の話をしてるのか。
話を「細胞」に戻せば、要するに、「なんであんないい選手を」と怒るファンも放出される選手も代謝する細胞に過ぎず、過去にも未来にもドラゴンズがあるだけなのだ。
まるでリチャード・ドーキンスの「生物=生存機械論」みたいだ。
そして、ドラゴンズに傷つけられたドラファンの心は、時間が癒やしてくれる。時間が万能薬だと教えてくれたのも、これまたドラゴンズだ。
1988年、『週刊ポスト』の記者として物書き人生の一歩をスタートさせた私に、ある日、グラビア班のデスクからの指令が下った。
「ジャイアンツにトレードに出された中尾んとこ行って、カメラマンと写真撮ってこい」と。そしてデスクは、編集部を出て行く私に念押しした。
「『ドラゴンズを絶対に倒す』ってコメントを忘れんなよ!」
残酷なことを教えてくれたのはドラゴンズだが、残酷なことを実行させるのは実社会だ。
(第11回に続く)
※『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
富坂聰(とみさか・さとし)/1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト。北京大学中文系中退。1994年、『龍の伝人たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。『中国の地下経済』『中国の論点』『トランプVS習近平』など、中国問題に関する著作多数。物心ついた頃から家族の影響で中日ファンに。還暦を迎え、ドラゴンズに眠る“いじられキャラ”としての潜在的ポテンシャルを伝えるという使命に目覚めた。