それはまず、革命委員会による逮捕および裁判という形で始まった。これは、無差別な虐殺では無く「法律」に基づく逮捕および「公正」な裁判による処刑という形を取るためだった。最終的には白系ロシア人も日本人もすべて虐殺してしまったから、まさに形式的なつじつま合わせに過ぎなかったのだが、もともと共産主義者および赤色パルチザンにとっては「資本家、ブルジョアジー」はすべて「罪人」である。なぜなら、労働者階級は常に彼らに「搾取」されているからだ。
このマルクス主義の基本知識は御存じの向きも多いだろうが、それが「徹底的に適用」されるとどのようなことが起こるか、お人好しの多い日本人には想像できまい。赤色パルチザンは徴発委員会を作って、逮捕した人々から全財産を没収した。この「全財産没収」の本当の意味も、お人好しの日本人はわかっていないかもしれない。「全財産没収」ぐらいは当然理解できると不満を抱いた読者のみなさんは、グートマンが、トリャピーツインの参謀長だった女性ニーナ・レべデヴァ=キャシコについて書いた、次の記述を吟味していただきたい。
〈ニーナは殺害された著名な実業家の妻であるリューリ夫人の革製品を着て公共の場に姿を見せるのをためらわなかった。〉
(引用前掲書)
おわかりになっただろうか? 勘のいい人は気づいたかもしれない。しかし私の予想では、おそらく日本人のほとんどは、まだ「全財産没収」の本当の意味に気がついていないと思う。では、どういうことなのか、次の記述が答えである。
〈徴発委員会の委員や職員はといえば、赤軍派が入市したおよそ一週間後には頭のてっぺんから足の爪先まで没収した服や下着を着て、手には指輪をはめ、それぞれが時計を持ち、悪くても銀製のシガレットケースを持っていた。〉
(引用前掲書)
つまり、「全財産没収」とは文字どおり「身ぐるみを剥ぐ」ことなのだ。そうは言っても、日本では「下着ぐらいは許してやる」が常識だろう。だが「後進国」のロシア人やグートマンのいう「半未開」の中国人や朝鮮人の常識は違うということだ。嫌な話だが、これからレイプする相手に着衣など必要無い。しかも季節は冬だ。それなのに「身ぐるみを剥ぐ」ということは生かしておくつもりは無い、ということでもある。
「広場に集めて銃殺する」ようなときも、彼らはすべての衣服を剥ぎ取ったうえで処刑した。上等な上衣や下着を銃撃し穴だらけにするようなバカなマネはしないのだ。白系ロシア人に対する暴行・略奪・虐殺は、あっという間にニコラエフスク市内すべてに広がった。こうなると彼らが助けを求める先は、一つしかなかった。
〈血に飢えた人々に占領された街で唯一の人間的な機関である日本軍本部には、ボリシェヴィキの血なまぐさい行為に対する苦情と、住民を狭い輪で絞めつけてくるような避けがたい死から救ってほしいという懇願がきわめて多く殺到した。赤軍派政権が殺害し掠奪しだすと、日本軍はもちろん、街と住民の運命を凶暴な人々にゆだねることに同意することでひどい間違いを犯したことをすぐに理解した。だが遅すぎた。〉
(引用前掲書)