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12歳の娘の安楽死を決断した父と母の証言

 アントニオは耳を疑った。そこには病院側が厄介な問題に巻き込まれたくないという思惑が隠れていた。彼は、さきほどの泣き顔から一変し、今度は苛立った表情を作って、語気を強めた。

「自分の身の安全しか考えていないんですよ、医者は! しかも、医者は、自分たちが神様だと勘違いしている」

 愛娘が死去して約1年。アントニオは、別の人生を選んだ。なぜフランスまで来たのか、理由はよく分からない。いくつか離婚に至った出来事を聞いたが、それはアンドレアの生い立ちや死と、結局は無関係だった。だから、その因果関係を書くことはしない。

 エステラと話を終えた後、次女クラウディアがサンドイッチを食べながら家に戻ってきた。家に入ると、私の存在に気がつき、少女は不審そうな視線で私を見つめた。母親が説明をすると気持ちが和らいだのか、3人で近場のレストランに行くことにした。

「ピエドラ・パペル・ティヘラ(じゃんけん)で遊ぼう! はっはっは。あ、そのソース、私も食べてみたい!」

 少しずつ、私に慣れてきた彼女は、人差し指に一滴のタバスコを付け、恐る恐る舐めて微笑んだ。私は、タバスコのボトルをそのまま口に入れて飲むふりをすると、さらにはしゃぎ出した。私はひとつ訊きたいことがあった。

「ねえ、クラウディア、お母さんが言っていたんだけど、あの日、病室で何をしていたの?」

 エステラは、アンドレアが死亡する数日前、クラウディアがある行動を取ったと言った。「10分だけ、お姉ちゃんとの時間をちょうだい」と言って、医師と看護師だけでなく、両親にも退室を求めたのだという。テーブルの上で、玩具のスクーターを指でこねこねと動かしながら、クラウディアがさりげなく説明する。

「画用紙にね、お姉ちゃんが好きだったピエロの絵を描いたの。それから、その下にテキエロ(大好き)って書いたの。お姉ちゃんのこと大好きだったんだもん……」

 クラウディアは、その画用紙をアンドレアの胸の上にそっと置き、靴を脱いだ。病室の外に待機していた両親が「クラウディア」と呼んで、入室する。強烈な光景が目に入った。クラウディアが、セデーションにより意識朦朧とする姉と添い寝し、ベッドの中で体を震わせていたのだ。

 家族に見守られ、天国に向かっていくアンドレアは、この愛を感じ取ることができたのだろうか。薬物を投入されている少女の思いを知ることはできないが、少なくとも、苦しまずに最期を迎えたのだろうと、私は想像したい。

〈今回、取材したアンドレアは、胃ろうを外すことによる「セデーション(緩和的鎮静)」で死に到った。こうした終末医療は、日本でもスペインでも「尊厳死」と呼ばれ、「安楽死」とは区別されている。だが、スイスやオランダなどこれまで取材してきた国々では、これも「消極的安楽死」として安楽死の一つに数えることが多い。今回の記事では、便宜的に「安楽死」という呼称を用いた〉

【PROFILE】宮下洋一(みやした・よういち)●1976年、長野県生まれ。米ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論とジャーナリズム修士号を取得。主な著書に『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。

※SAPIO2017年1月号

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