巨人時代は江川卓とエース争いを繰り広げた西本。中日移籍の1989年、20勝を挙げて最多勝に輝いた(産経新聞社)
「木綿のハンカチーフ」と西本聖の物語
そこにいくと西本聖の「正」は純白の「正」じゃない。
あの時代、都会と田舎の正邪は、圧倒的に都会が「邪」で田舎が「正」だった。
太田裕美が歌った大ヒット曲は、「木綿のハンカチーフ」だ。この歌は故郷に残してきた彼女が、都会に毒され変わってしまった彼氏と別れるまでを綴った物語で、華やいだ街で早速チャラチャラし始める男を、ゆるぎない故郷の「正」の視点から、太田裕美がやさしくたしなめる。おそらく、たしなめられる男もまんざらではないという物語だ。
当時、上京してきた男たちのほとんどは、田舎に残してきた彼女などいなかったはずだ。少なくとも、私は。だけど前世の記憶なのか何なのか、ほとんどの男はあの歌を聴いてキュンとなった。やはり田舎で待っていてくれる元カノなんていないのに、甲斐バンドの「安奈」をカラオケで熱唱するときには、「いた」ような気持ちになるのと同じだ。
西本の物語は、「木綿のハンカチーフ」のなかで「都会の絵の具に染まった“あなた”」が逆回転して、田舎っぽさを取り戻すという再生の物語なのだ。
ああ、空気ってこんなにおいしかったんだ。ああ、空にはこんなに星が輝いていたんだ。ああ、時間ってこんなにゆっくり流れていたんだ、ってやつだ。
だから、名古屋に来た西本がジャイアンツ戦で負けることがあってはいけない。都会の肯定になってしまうからだ。
もちろん西本だって、人間だ。どんなに気合を入れたって負けるときは、負ける。
そういうときはどうするかって?